第2話: ビリゆみ家出する


ビリゆみ第2~4話は、ガリレオが自身の過去のレッスンを振り返った際、大きな反省材料となる時期の記録となる。最終的には「ビリゆみの家出」という事件をもって気付かされたガリレオの誤謬を、恥を忍んで記すことにより、初心を忘れず今後の自らのレッスンを省みるための指針として定めておくとともに、当時のゆみこちゃんへ、せめてもの罪滅ぼしをしたいと思う。

個別の内容については追って詳細に検討していくが、「ガリレオの誤謬」を端的に表すならば、英語・語学を得意としてきた「教師」としての基準で授業を行なっていたことに尽きる。それでもゆみこちゃんはこちらの言ったことに懸命についてこようとしてくれたし、巷の学習者の中では例を見ないほど真摯に・真剣に学習に取り組んでいた。ゆみこちゃんに教えるようになってからのこの時期は、自分が当たり前のように進んできた道が、一学習者にとっては「超えがたいような大きな壁」や「つまづきの原因となるような石」だらけのものであったと気付かされる日々であった。(実は世の中にも、このような構造の中に陥って現在も苦しんでいる学習者が数多くいる。そのような人たちにも、今回の話をぜひ参考にしていただきたい。)

そのような険しい道を必死に、懸命に進んで来ようとするゆみこちゃんの姿を見て、ガリレオもアプローチを変えていく必然性に気付かされ、試行錯誤を始めていくのだが…


ガリレオ自身が「即効性」を追求してしまっていた頃

第1話の最後に書いた通り、当初の授業方針として設定したのは「発音矯正+リスニング演習」というものだった。一方で、ゆみこちゃんとしては、英文法そのものをきちんと学びたい・1対1で分からないところは徹底的に質問をしながら理解したいという、学習上の真摯な要求を持っていた。(背景情報として、ゆみこちゃんは中2の時にお父さんが事故で失明してしまい、同時にお母さんが兄弟を連れて家を出てしまったので、看病のために学校に通うことができなくなってしまったという事情がある。よって勉強は自宅で行なっていたそうだが、英語に関しては必要な積み重ねを経て体系的に学ぶことができず、文字通り「英文法をきちんと習ったことが一度もない」という状態であった。それだけに、英文法学習の必要性は自ら明確に認識しており、真剣な学習ニーズとして持っていたのである。)それなのに、当時のガリレオはその気持ちを充分に理解することができず、「文法はリスニングのスクリプトを通して付随的に説明しても学べるもの」という、教師としての基準で進めてしまった。

リスニング中心の学習で、文法を付随的に学ぶというのは、ガリレオが第2~外国語に取り組んだ時に行っていたアプローチだったのだが、これはやはり、英語学習を通して文法観が身についていたからこそ可能であった芸当であり、同じことを学習者に課すのは非現実的であった。しかし、そのことになかなか気付くことができず、いわば、高い壁の下で助けを求めているゆみこちゃんに対し、壁の上から「いや、ここから普通に上がって来れるでしょ?」と言うばかりで、自ら壁の下まで降りていって手を引いて一緒に登っていく…という、本来当然必要であったアプローチに切り替えていくまでには、本当に時間をかけてしまった。

同時に、ガリレオ自身が授業の「即効性」を追い求めてしまい、一歩ずつ進んでいくべきステップを飛ばそうとしてしまったことも原因として反省している。ゆみこちゃんがガリレオのもとで学習を始めるようになった時、当面の大きな悩みとして抱えていたことは「周りの人の話す英語が聞き取れない」ということであった。とりわけ、インターナショナルスクールに通う娘さんのクラスメイトのお母さんたちとのコミュニケーションが立ちいかないことで、辛く悔しい経験も長年積んできたという。当時のガリレオは、その表層的な部分に引きずられてしまい、その力を積み重ねるだけの土台の基礎工事もそこそこに、「ナチュラルスピードに近い英語をモデルと同じように発音できるように訓練することにより、実生活にダイレクトに役立てて欲しい」と、ゆみこちゃん以上に焦って結果を出そうとしてしまったと言える。

このような中でも、ゆみこちゃんは本当に真剣な努力を続け、こちらの言った学習法や課題には懸命について来ようとしてくれた。腱鞘炎のため、ガリレオが勧めるディクテーション(聴き取った英語を書き取っていく)がそのままの形ではできないとなった時も、「書けない分、口と脳を動かします!」と宣言し、授業で習った単語や表現を1つでも多く記憶の中に残そうという気概で学習を行っていた。だがやはり、英文法の基礎を身につけるための授業を行っていなかったため、毎日それだけの努力を重ねていても、教材を一歩離れて日常生活でのリスニングの場面になると、相変わらず何を言っているのか理解できないという日々が続いていた。また、授業で習ったことに関しても「毎回の授業で多くのことを学んでいる感覚はあるのだが、定着する前に頭からこぼれ落ちて行ってしまう」という思いを抱えることも増えてきてしまっていた。

懸命にもがき苦しむ中で、ゆみこちゃんも「英文法を1からきちんと解説してほしい!」と助けを求める声を強くしてきていた。それを受けてガリレオもアプローチを変えていかなければと思うようにはなっていくのだが、本当の意味でゆみこちゃんの想いを理解する方向に行くことができず、相変わらず「英語・語学を得意としてきた『教師』としての基準」のまま試行錯誤を進めてしまった。この乖離が、やがて「ビリゆみの家出」という事件を引き起こすことになってしまう…